なぜ日本はIT大国になれなかったのか。考えてみる。
2026年10月05日作成
ITと日本の国民性の相性の問題
日本の国民性は、良く言えば協調性が高く、ルールやマナーを大切にし、相手を慮る事です。
悪く言えば、過剰な同調と、融通の利かなさ、相手の目ばかり気にする事です。
商業では、ルールやマナーを大切にする。もしくは融通が利かない事を、仕事に置いての完璧主義と言えるでしょう。
この仕事に置いての完璧主義がITとは相性が悪いです。
先に日本の国民性と相性が良いものを紹介します。それはハードウェアです。自動車や電車、特殊な機械にとりつける精密機器などです。
自動車産業では、TOYOTAが日本一の企業として20年近く君臨し続けました。
電車や新幹線も、遅延の少ない分刻みでのスケジュール。台湾やインドなどのアジアへの支援と進出などがあります。
これらは最初から完璧なものを提供する必要があります。それは日本の国民性の一部「仕事に置いての完璧主義」と相性がいいのです。
それに比べてITに関連するものはどうでしょうか?ハードウェアの対義語があります。ソフトウェアです。今回の議題においてソフトウェア = ITとします。
ソフトウェアにおいて最初から完璧なものなど現代には存在しません。常に成長と変化を続けているからです。
この常に成長と変化することが、日本人は苦手なのです。
常に成長と変化する事が得意な人材が居たとしても、別の国民性「過剰な同調」で彼らの成長と変化を止めてしまうのです。
これが日本がIT大国になれなかった一部の要因だと考えます。
Winny事件
2002年に、Winnyというソフトウェアを金子勇さんが作りました。
Winnyはデータを気軽に交換できるアプリです。
2003年にWinnyを使った著作権侵害行為が横行しました。データを気軽に交換できるという性質を利用し、映画、アニメ、ゲーム、音楽などが違法に共有されてしまいました。
作成者の金子勇さんは、そんな使い方を推進していたわけではありません。ソフトウェアによって豊かな社会を目指していました。
2004年に、金子勇さんが逮捕・起訴されます。
この問題は、包丁に例えられます。包丁職人が料理の為に包丁を作ります。でもその包丁は殺人事件に使用されました。この時、包丁職人を罪に問えるでしょうか?
Winny = 包丁
包丁職人 = 金子勇さん
最終的に、2011年に無罪を勝ち取りました。
ですが、日本のソフトウェアエンジニア達に与えた印象はどうでしょうか。どんなに優れた良いソフトウェアを作っても、それを悪用する人間がいるだけで罪に問われる可能性があるのです。
これにより日本ではOSSなどが盛んに作成されなかったと考えます。
労働契約法16条と多重下請け構造
労働契約法16条よって、相当な理由がなければ、雇用主は労働者を解雇することが出来ません。
この制度によって、日本では自社でソフトウェアエンジニアを確保するリスクが高まります。そうなると自然に、必要な時に必要なだけ外部へ委託する形になります。
実際に、日本では7割が社外のソフトウェア開発を行う、請負企業となっています。
逆に世界一のIT大国アメリカでは、自分の会社のソフトウェアを作っている人が6割、それ以外が4割です。
この違いによって、多重下請け構造が生まれます。
多重下請け構造という言葉は元々、建築業の世界の言葉でした。1990年頃に、多重下請け構造が起因して建物の品質に影響が出たので、2000年頃に詳細な法が整備されました。
ですが、建築業の多重下請け構造に関する法律は、IT業界には適用されません。30年以上前に問題があった社会構造を未だに続けているのです。
これによって、様々な問題が発生します。
ソフトウェアエンジニアに正当な対価が払われません。全く同じ作業をしていても、作業をする会社によって対価(給与)が変わります。
情報の劣化もあります。発注元の考えや思想(要件要求)が、伝言ゲーム形式になり情報が劣化します。最終的な下請けは何の為の作業なのかを理解せずに言われたことだけをやるようになります。
ソフトウェア開発は一方通行ではないということもあります。要件定義→設計→実装→テスト→リリースは、よくウォーターフォール開発の例として用いられます。でもそれらは一方通行ではなく、相互に絡み合う関係です。テストでバグを見つければ実装を修正する必要があります。リリース前には要件定義としっかりと一致しているかを確認しなければなりません。ですが、その工程によって作業をする会社や人が別々であればそういった連携もしづらいのです。
これによって、世界に対して支配的なソフトウェアが生まれないと考えます。一つのソフトウェアを愛して全てに責任を持つ人間が一人もいないのだから。